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青森地方裁判所 昭和56年(行ウ)5号 判決

原告 竹内卓三

被告 十和田税務署長

訴訟代理人 宝金敏明 石川智也 長谷川逸雄 古川則男 青山仁 外二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和五六年三月七日付でなした酒類販売業免許の拒否処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五五年九月一八日被告に対し、酒税法第九条第一項の規定に基づき、酒類販売業免許の申請(以下、本件申請という。)をしたところ、被告は、昭和五六年三月七日付で原告に対し、本件申請は酒税法第一〇条第一〇号、第一一号に該当するとして酒類販売業免許の拒否処分をした(以下、本件処分という。)。

2  しかし、本件申請は酒税法第一〇条第一〇号、第一一号に該当しない。さらに、酒税法第一〇条第一〇号、第一一号の規定は、職業選択の自由を定める憲法第二二条第一項の規定に違反するから、本件処分は違法である。

よつて、原告は被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件申請は、本件処分時において次のとおり酒税法第一〇条第一〇号、第一一号に該当した。

(一) 酒税法第一〇条第一〇号該当事由について

(1) 原告は、本件申請において酒類販売場を三沢市大町二丁目三番六号土地上の建物としていたところ、本件申請時、右土地、建物はいずれも原告の所有するものではなく、土地は原告の父竹内豊治の、建物は原告の兄竹内準一の所有であつた。原告は、右土地、建物において酒類販売業を営むことについて豊治及び準一の同意を得ていなかつた。もとより、申請にかかる場所において継続的に酒類販売業を経営することができるか否かは、免許の可否の判断を左右する重要な事項であるところ、本件申請は、右のとおり酒類販売業を行うことについて販売場所の所有者の同意を得ておらず、ことに準一については、当時原告とは仲が悪く到底同人の同意を得ることは困難な状況にあつたから、原告に対し右建物からの立退き要求がいつなされるやも知れず、申請販売場において安定的に酒類販売業を経営できるとは認められなかつた。

(2) さらに、原告は、本件申請にかかる酒類販売場においてすでに書籍販売業等を行つており、これと並行して酒類販売業を行う場所的余裕は右建物にはなかつた。

(3) 原告は、本件申請時以前に、酒類の製造もしくは販売の業務に直接従事した経験がなく、また、調味食品等の販売に従事した経験もなかつた。

右(1)ないし(3)の事実を総合して判断すれば、本件申請は、酒税法第一〇条第一〇号に規定する申請者の「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に該当する。

(二) 酒税法第一〇条第一一号該当事由について

本件申請にかかる酒類販売場は、三沢市大町二丁目三番六号土地上に所在するものであるが、右申請販売場前の道路に沿つて北東六軒隣り(申請販売場からの距離約五五メートル)において福田米三郎が、また、南西八軒隣り(申請販売場からの距離約七三メートル)において佐藤和男が現に酒類販売業を経営している。右二者の合計酒類販売数量を見ると、昭和五四年度は昭和五三年度より八パーセント減少し、昭和五五年度は昭和五四年度よりさらに二パーセント減少しており、右地域における酒類の需要の大幅な拡大は望み得ない状況にあるものと認められる。

このような状況のもとで本件申請に対し新たに免許を付与した場合には、同地域の酒類の需給の均衡を維持することは極めて困難となり、供給過剰による過当競争を生じて地域販売業者の経営悪化に拍車をかけるとともに、高額の酒税を含む酒類代金の回収が円滑に行われなくなり、ひいては酒税収入の確保に重大な支障をきたすおそれがある。よつて、本件申請は、酒税法第一〇条第一一号に規定する「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合」に該当する。

2  酒税法第一〇条第一〇号、第一一号の合憲性

酒税法第九条第一項は、「酒類の販売業をしようとする者は、販売場ごとにその販売場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならない。」旨を規定し、酒類の販売を税務署長の免許にかからしめている。これは国家財政上大きなウエイトを占める酒税(昭和五七年度酒税収入予算は一兆九六一〇億円となつている。)を確保するうえで、酒類販売業者が重要な役割を果たすため、これら業者の濫立を防止して適正な需給の均衡のもとに酒類代金を確実に回収せしめるとともに、一定の身分的要件を欠く者を酒類販売業者から排除し、もつて酒税徴収の安定を図ろうとすることによるものである。すなわち、酒類は製造場から移出される時点で極めて高率の酒税が課されるが、酒税は消費税であり、これが末端の消費者に転嫁され、かつ、それが円滑に回収されて初めて酒類製造者の納税が可能となる。従つて、酒類が製造場から移出されて消費者の手に渡るまでの流通部門を担う販売業者は、酒税の納税義務者である製造者と担税者である消費者との間にあつて、酒税の転嫁を容易ならしめる役割を果たすこととなるため、これら酒類販売業者の濫立による取引の混乱、過当競争を防止して、酒類代金の円滑な回収を図らしめ、もつて、酒税徴収の確保を図ろうとするものである。

そして、酒税法第一〇条第一〇号は、申請者の「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」、同条第一一号は、「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合」に税務署長は酒類販売業の免許を与えないことができると規定し、酒類販売業の免許を付与する場合を制限している。これらの制限は、国家財政上重要な地位にある酒税徴収の安定的な確保を図るという積極的な公共の利益を増進するための合理的な制約というべきであるから、右各規定が憲法第二二条第一項に違反するといえないことは明らかである。

四  被告の主張に対する原告の認否及び主張

1  被告の主張1の本件申請が酒税法第一〇条第一〇号、第一一号に該当するとの主張は争う。

同1の(一)の(1)のうち、原告が本件申請において酒類販売場を三沢市大町二丁目三番六号土地上の建物としたことは認めるが、原告が本件申請にかかる販売場において酒類を販売するについて、原告の父竹内豊治及び兄竹内準一の同意を得なかつたことは否認する。原告は、豊治及び準一の同意を得ていた。さらに、右販売場の土地、建物の実質的な所有者は原告であつて、豊治及び準一は名義上の所有者にすぎない。同(2)のうち、原告が本件申請にかかる酒類販売場において書籍販売業等を行つていることは認めるが、酒類販売業を行う場所的な余裕がないことは否認する。同(3)のうち、原告が酒類及び調味食品等の販売に従事した経験がないことは否認する。

被告の主張1の(二)のうち、本件申請にかかる販売場前の道路に沿つて北東六軒隣り(申請販売場からの距離約五五メートル)で福田米三郎が、南西八軒隣り(申請販売場からの距離約七三メートル)で佐藤和男が酒類販売業を営んでいることは認めるが、福田及び佐藤の昭和五四年度及び同五五年度の酒類販売数量が減少していることは知らない。同地域においては、今後大型店舗の開業が予定されるなど酒類の需要の大幅な拡大を望み得る。

2  被告の主張2の酒税法第一〇条第一〇号、第一一号の規定が憲法第二二条第一項に違反しないとの主張は争う。酒類販売業免許制度自体が憲法第二二条第一項に違反しないことは争わないが、申請者の経営の基礎が薄弱か否か、酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるか否かという基準によつて免許を拒否することは合理的な制約ということはできない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件申請が酒税法第一〇条第一〇号、第一一号に該当するか否かについて

1  酒税法第一〇条第一〇号該当の有無

原告が本件申請において酒類販売場を三沢市大町二丁目三番六号土地上の建物としたこと、原告が右建物内において書籍販売業等を行つていることは当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、成立に争いのない甲第三一号証の三、一五、一七、一八、乙第九ないし第一一号証、証人大山清孝の証言により成立の認められる乙第二号証、乙第三号証、証人大山清孝の証言及び原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)を総合すると次の事実が認められる。

(一)  原告は、本件申請において酒類販売場を三沢市大町二丁目三番六号土地上の建物としていたが、右建物の敷地の所有者は原告の父竹内豊治、右建物の所有者は原告の兄竹内準一であつたこと、原告は、本件申請をするに際し、右申請販売場で酒類販売業を行うことについて、豊治及び準一の同意を得なかつたこと、原告は、従前本件申請にかかる販売場所において書籍販売業等を営んでいたが、本件申請当時原告と準一とは母竹内みちの死亡後の遺産相続問題をめぐつて粉争があり、粉争の推移いかんによつては原告が本件申請場所において継続的に酒類販売業を行いえなくなるという事態も予想されたこと、

(二)  原告は、本件申請にかかる酒類販売場において従前から書籍販売業等を行つており、右建物の店舗部分の広さ等からすると、書籍販売等と並んで酒類販売を行う場所的な余裕は余りないこと、

(三)  原告は、本件申請をする以前に酒類の製造もしくは販売の業務に直接従事した経験はなく、また、調味食品等の販売に直接従事した経験もなかつたこと、

以上の事実が認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、酒税法第一〇条第一〇号に規定する「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」とは、事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、販売設備の不十分、経営能力の貧困等経営の物的、人的、資金的要素に相当な欠陥があつて、事業の経営が確実とは認められないことをいうものと解すべきところ、右認定事実によれば、本件申請は、「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に該当するものと認めるのが相当である。

2  酒税法第一〇条第一一号該当事由の有無

(一)  本件申請にかかる酒税類販売場前の道路に沿つて北東六軒隣り(申請販売場からの距離約五五メートル)において福田米三郎が、南西八軒隣り(申請販売場からの距離約七三メートル)において佐藤和男が現に酒類販売業を営んでいることは当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない乙第一二号証の二、証人大山清孝の証言及び弁論の全趣旨によると、前記福田及び佐藤の合計酒類販売数量は、昭和五三年度の一〇万五九五八リツトルをピークとして年々減少傾向をたどり、昭和五四年度は九万七六一〇リツトルで、昭和五三年度より八パーセント、昭和五五年度は九万六〇一一リツトルで昭和五四年度より二パーセント、それぞれ減少していること、本件申請場所付近においては、今後酒類の需要が大幅に増加する要因はないことが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  右(一)、(二)の事実によると、本件申請に対し免許を付与した場合には、本件申請場付近における酒類の需給の均衡を維持することが困難となり、ひいては酒税の安定的な確保に支障をきたすおそれがあると認められる。従つて、本件申請は、酒税法第一〇条第一一号所定の「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合」に該当するものと認めるのが相当である。

三  酒税法第一〇条第一〇号、第一一号の合憲性

酒税法は、広範な国家活動を支える財政需要を満たすため国の租税収入の重要な一端を占める酒税収入の安定的な確保を図る目的から、酒類の販売業を営もうとする者は所轄の税務署長の許可を受けることを要するとして酒類販売業について免許制度を採用したうえ(同法第九条参照)、酒税収入の確保の万全を図るため酒類販売業者の経営の安定を図ろうとして、同法第一〇条第一〇号、第一一号において、「酒類の販売業免許の申請者が‥‥その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」(第一〇号)、「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため‥‥酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合」(第一一号)には、税務署長は免許を与えないことができると規定して、酒類販売業を始めようとする者の自由を規制し、その営業の自由を制限している。

このように国家の財政上重要な租税収入の確保を図り、国の財政需要を満たす(このことは、公共の利益を保護することであつて、公共の福祉に適うものである。)という積極的な財政政策を推進するために個人の営業の自由を規制する法的措置の合憲性について判断する場合には、そもそも立法による規制の必要性及び規制手段の選択に関する判断が立法府の政策的・技術的な裁量に委ねられるべきものであるところから、裁判所は、立法府の右裁量的判断を尊重するのを原則とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることが明白である場合に限つて、これを違憲としてその効力を否定することができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四七年一一月二二日判決、刑集二六巻九号五八六頁参照)。これを本件についてみるに、成立に争いのない乙第一六号証の一、二、三、弁論の全趣旨によると、かつて酒類販売業者が濫立したためその経営が悪化し、倒産が相次ぐなどの事態が生じて酒類製造者の販売業者に対する貸倒れが多発し、その結果酒類製造者の納付すべき酒税の回収が困難となつたことが認められ、このような事実に鑑み、酒税法は、かかる事態を未然に防止する目的で、前記のとおり酒類販売業者について免許制度を採用した。右目的を達成するためには、酒類が製造されてから消費されるまでの間における酒類の流通及び代金の回収が円滑に行なわれることが重要であり、これを無視すれば酒税の確保に大きな影響を与える。そして、製造者から販売業者を経て消費者への酒税の転嫁をスムースにして積極的に酒税の確保を図ることを目的とする免許制はある程度の経営能力がある者を対象とすることが要求される。成立に争いのない乙第一七号証の一、二、乙第一八号証の一、二、三によると、昭和五七年度酒税収入見込(予算)額は金一兆九六一〇億円であり、昭和五六年三月三一日現在の全国酒類販売場数が一七万二一二二か所であり、酒類販売場一か所当たりに転嫁される酒税額が金一〇〇〇万円を超えることが認められる。そこで、酒税法第一〇条第一〇号は、免許を付与するための要件として、申請者に対し物的、人的、資金的な面から経営能力があることを要求したものと認められる。また、一定地域内における酒類に対する需要量は、当該地域に存在する販売場の数にかかわりなくほぼ一定していると考えられることから、同条第一一号は、当該地域における酒類販売業者の濫立による過当競争、経営不安定、その結果、関係製造者の経営の不安定による酒税確保の困難が生じるのを防止して、適切な需給関係を維持し、もつて酒税収入の安定的な確保を図ろうとしたものと認められる。そうすると、酒税法第一〇条第一〇号、第一一号に定める規制措置は、いずれもその立法目的との関連で一応の合理性を肯認することができないわけではないから、右法的規制措置が立法府の裁量権を逸脱して著しく不合理であることが明白であるとは断定し難い。従つて、酒税法第一〇条第一〇号、第一一号の各規定が憲法第二二条第一項に違反するとの原告の主張は採用できない。

四  以上説示のとおり、本件処分は適法であつて原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹田國雄 須山幸夫 小池勝雅)

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